倉賀野河岸(くらがのかし)

烏川

倉賀野を流れる烏川には、倉賀野河岸が整備されました。
河岸(かし)とは河川の港のことであり、倉賀野は烏川の就航点の港町としても発展したのです。
 
船は浅い川でも進める高瀬舟が使用され、寛政12年(1800)の記録では小船や艀(はしけ)から大きな江戸廻り船まで約119艘が就航したといいます。
運賃は陸上交通の半分ほどで、一度に大量の荷物を運べるため利用度も高かったそうです。
下り荷は米・煙草・雑穀・絹・綿などが江戸に運ばれ、上がり荷は塩・藍・お茶・ぬか・海産物・陶器・小間物などが河岸から宿場へ上げ荷され、各地へ運ばれました。
 
明治期に鉄道が開通したため、その役目を終えました。

倉賀野河岸跡
倉賀野河岸跡
 
倉賀野河岸由来
倉賀野河岸由来
 
倉賀野河岸の歌
井戸八幡宮にある倉賀野河岸の歌の碑
 
烏川
井戸八幡宮から見た烏川

倉賀野河岸跡から100メートルほどの所にありました。庚申塔と道祖神様です。

庚申塔と道祖神様
 
庚申塔と道祖神様

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